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Weekly Magnets vol.010
私たちマグネッツが扱っている古着を皆様にもっと興味を持っていただき、古着のすばらしさを
お伝えできればと思い、その歴史やディティールのことについて紹介していきたいと思います。
adidas
おめでとう御座います!そしてありがとう御座います!なんとか10回目で御座います。
今、以前の特集を振り返っているのですが、第1回目のあっけなさときたら...
第7回目は画像を貼り付けただけやん!って感じですが、時間があるときにでも
過去の記事にボリュームを加え、さらに充実した特集となるよう、読み返しても
また楽しめる「Weekly Magnets」にしていきたいと思います。ご期待下さいませ。
さて、記念すべき節目の10回目。それを飾るにふさわしいネタ、何にしよ...
って上にタイトルがありますが、そう、勝利の3本線「アディダス」!やっちゃう?
スポーツ選手はもちろん、RUN DMC、ワイルドバンチ、ボブ・マーリー、ビースティボーイズ、
ジャミロクワイことJK、そして俺!...数々の偉大なミュージシャンのユニフォームとなり、
スニーカーだけでなくトータルウェアブランドとして今も愛され続けています。
紹介しきれないほどの名品があり、歴史があり、「週間の特集」で扱うようなブランドでは
ないかもしれませんが、この記念すべき10回目にどうしても特集をしたかったんです!
そのわりに材料不足?...頑張りますのでどうぞお付き合いくださいませ。
P.S. 街行く若者に一言!アディダスのジャージを着て、ナイキのスニーカーを履くような
(逆も然り)コーディネートはくれぐれもしないように!!
アディダスの歴史
アディダス社は、1920年に西ドイツの兄ルドルフと弟アドルフのダスラー兄弟により
「ダスラー兄弟商会」として創業され、弟のアドルフが製造とデザインを、兄ルドルフがセールスを担当するも
1948年に兄ルドルフは独立して「プーマ」をそして弟アドルフが「アディダス」を創業しました。
アディダス(Adidas)の由来は、創設者アドルフ・ダスラーの愛称「アディ(Adi)」とセカンドネームの
ダスラー(Dasser)にちなんでつけられました。
皮で作られていたスポーツシューズの補強のために編み出された3本のバンドが、
今ではアディダスの象徴となっています。
またアディダスの象徴でもある「トレフォイル」(三つ葉マーク)は現在では一部のラインのみの生産になっていて、
70年~80年代のトレフォイル物はアディダスファンにはかかせないアイテムになっています。
ちなみに余談(ホントに)ですが、「A.D.ONE」というブランドはアドルフの孫、アディ・ダスラーが
創設者だったりします。今も健在なんでしょうか...
| 1900 | ダスラー兄弟の弟、アドルフ・ダスラーが生まれる。 |
| 1920 | 「ダスラー兄弟商会」を設立する。 |
| 1924 | スポーツシューズ製造工場を建て、本格的に体育館用スニーカーを作りはじめる。 |
| 1929 | 世界初、釘留めスタッドつきサッカーシューズを完成させ、そのほかにも次々と画期的なシューズを開発。 |
| 1948 | アドルフ・ダスラーが47名の工員で「アディダス」を設立する。弟ルドルフもこの年「プーマ」を設立。 |
| 1954 | スイスW杯でドイツ優勝。チームはアディダス社のスパイクを使用。 |
| 1959 | アドルフ・ダスラーの長男ホースト・ダスラーが「アディダス・フランス」を設立する。 アディダスの最も有名なシティコレクション・スニーカー「ROME(ローマ)」誕生。 |
| 1968 | スタンスミスの原型であるフランス人テニス・プレイヤー「ロバート・ハイレット」の名を冠した名作スニーカー 「HAILLET(ハイレット)」誕生。 |
| 1970 | アディダスのマスコット「TRIMM Dich(トリム・ディッヒ)」が誕生する。 バスケットシューズ「スーパースター」、クロスカントリー用シューズ「カントリー」など名品を次々と発表。 |
| 1972 | 「トレフォイル・マーク」を発表する。 ハイレットのアップデート・モデル「スタンスミス」誕生。 |
| 1974 | ドイツW杯でドイツ優勝。やはりチームはアディダス社のスパイクを使用。 |
| 1978 | アドルフ・ダスラー死去。 バスケットボール審判用スニーカー「オフィシャル」発表。 |
| 1981 | アメリカのトッププロ10人の意見により共同開発された当時の最高級モデル「トップテン」発表。 |
| 1983 | ベルクロテープでサポート力をアップさせた名作「コンコルド」発表。 |
| 1985 | テーピング効果をシューズに組み込み、捻挫防止を図ったクリスクロス・ベルクロテープ・ストラップを 搭載した名作「フォーラム」発表。 |
| 1997 | スポーツパフォーマンスアディダスロゴ使用開始。 |
| 2000 | アディダス・オリジナルス(トレフォイルを使用した復刻企画)部門を始動させる。 |
アディダス銘品図鑑 マグネッツのアディダス商品を見る
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| SUPER STAR Made in France | SL72 Made in W.Germany | |
| 世界初のオールレザー素材バスケットボールシューズと して70年にデビュー。アディダス・バッシュの原点にして、 最高のモデルである。 発売当初はラバーキャップもトレフォイル・マークもなかっ たが、73年にスポンサード・プレイヤーの助言によって 生まれたラバーキャップ(貝殻に似ているためシェルトゥ とも呼ばれている)を搭載。トゥの保護、耐久性とともに ジャンプ後の安定性を生み出した。ソールはストップ& ゴーの多いバスケットボールにおいて、確実なグリップ力 を誇るヘリンボーンパターンを採用。数多くの新しいアイ デアを取り入れた「スーパースター」の優れた機能性は、 コンバース・オールスターのようなシンプルなシューズが 全盛だった時代において、他のメーカーのシューズより 格段に優れていた。なかでも70年代半ばから80年代 半ばにかけて生産されていた通称「金ベロ」と呼ばれる モデルの人気が高い。 |
1972年、アディダスの地元ドイツで開催されたミュンヘン オリンピックで、参加選手1940人中、実に60%におよぶ 1164人がアディダスを使用し、114個のメダルの内、 93個をアディダス使用者が獲得したとか。まさに黄金期 と言える時代、1974年に発表されたのがこの「SL72」。 このモデルはオリンピック年の度にリリースされたSLシリ ーズとして、スニーカー史にその名を残している。 SLとは「スーパーライト」の略で、当時としては珍しかった ナイロンアッパーを採用し、軽量化を図ったフラッグシップ モデルだ。ポップなカラーリングながら高級感も同居し、 縫製や質感も当時の最高峰と言える。また多くのメーカ ーがアウトソールに関しては外部の工場に委託していた わけだが、アディダスがパートナーに選んでいたのは 「コンチネンタル」や「メッツラー」など一流タイヤメーカー である。SL72の発売の後、モントリオールオリンピックに 向けて開発されたのが「SL76」。シューレースガードに Dリング(ギリーD環)を搭載。1975年には「ランナーズワー ルド」の五つ星に輝く。70年代産アディダスの名モデルは フランス製が多い中、SLシリーズは西ドイツ製である。 |
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| STAN SMITH Made in France | COUNTRY Made in France | |
| スタン・スミス。1946年にカリフォルニア、パサディナで 生まれる。1971年に全米オープン、翌年にはウィンブル ドンを制し、2年に渡ってシングルス世界ランキング1位に 君臨。「コートの紳士」と称される。その彼が愛用していた のが、1965年に発売されたアディダス初のシグネイチャー モデル「ハイレット」。このシューズは白のレザーアッパ ーに白いソール、白いタン、ヒールパッチとタンのプリント だけがグリーン。アディダスの十八番である3本ラインも パンチング(ベンチレーション)と極めてシンプルデザイン。 しかしその一方で、ハイレットはコートでの要求にも 完璧に応えるハイパフォーマンスを誇り、発売と同時に 多くのプロプレイヤーから高い評価を得ていた。 そのなかの一人が冒頭で述べたスタン・スミスだ。 全米オープン、ウィンブルドンを制し、世界ランキング1位 になった人気絶頂期の時、ファンが彼のシューズを 「スタン・スミス」モデルと呼ぶようになり、70年代中頃に はタンの部分(ハイレットのロゴ下)に彼のイラストとサイン が加えられ「スタン・スミス」が誕生。その後もアッパーに 「STAN SMITH」の金文字やタンの部分の「HAILLET」 が「STA SMITH」に変更されるなどしているが、その ベースはハイレット誕生からほとんど変わっていない。 少し前になるが、2200万足の販売数でギネスブックに 「世界一売れたスニーカー」として載ったことも。今現在 では4000万足に近づいるという...古さを全く感じさせ ない、いまだ現役のスニーカーである。ちなみに 「スタン・スミス」のベルクロバージョンが「コンフォート」。 |
「世界でもっとも美しいスニーカーは何か?」という質問に ナイキの「95エアマックス」とともに候補に挙げられるのが 「カントリー」だ。前者が「ハイテクを駆使したグラフィカル な美しさ」に対し、カントリーは白のカンガルーレザーに グリーンの3本ラインという「シンプルな美しさ」を誇る。 1970年代にその名の通りクロスカントリーのトレーニング 用に開発されたスニーカー。クロスカントリーはヨーロッパ を中心に人気がある競技。トラック競技とは違い、起伏 の激しい森の中などのロケーションを走り、タイムを競う。 そんなシーンで安定走行を保つための様々な工夫が このカントリーの美しさに繋がっている。まずアウトソール がつま先部分と踵部分まで巻き上がっている。そして ミッドソールはおそらく世界初である硬さの異なる2種類 のスポンジ(白と緑)を採用し、クッション性を向上させて いることだ。そのクッション製の高さがクロスカントリーに とどまらず、ジョギングなどオールラウンドに対応する 優れたスニーカーとして広く知れ渡り、愛用される。 ちなみに「COUNTRY GIRL」というレディースのフランス 製も存在します。 |
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| OFFIICIAL Made in France | TOURNAMENT SUEDE Made in France | |
| 「スーパースター」、「スタン・スミス」、「カントリー」の3種 が往年のアディダスのモデル「3種の神器」と呼ばれたり するが、あと1つ、4つめを挙げるならば「オフィシャル」で はないだろうか。見た目はほぼスタン・スミスだが、80年 代に審判用に開発されたため、コートで目立たぬよう 全体のカラーを黒に、その初期モデルはヒールとタンに さえもトレフォイル・マークがなく、あくまで目立たぬデザ インに徹している。ありそうでなかった黒で、上品な雰囲 気のレザースニーカーの出現は、「Made in France」と いうこともあり、ジャケットスタイルに合わせれる靴として 当時のオシャレ人の心を捕らえた。 その後ベルクロバージョン、「マスター」が発売される。 |
70年代に発売され「キャンパス」の原型となったモデル 「トーナメント」。素材はスムースレザーとスウェードがあり 前者のほうが希少性が高い。完成されたデザインから 名品として語り継がれているが、今では入手が非常に 困難なため、復刻を待つ声も多い。 |
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| AMERICANA-Hi Made in France | TOP TEN Made in France | |
| 70年代、後にNBAに吸収合併されるバスケットボール リーグ「ABA」のコートに登場した「アメリカーナ」。 鮮やかなトリコロールカラーはABAのイメージカラー。 70年代後期にはアッパーにナイロンメッシュを採用し、 より軽量になったモデルも発売。オリジナルはフランス 製。後にスペイン製へと変わるわけだが、トゥデザイン など製造年によってディテールに若干の違いがある。 |
アメリカーナと並ぶアディダスのハイテクシューズの元祖 として知られる「トップテン」。当時のトッププロ10人の 意見により開発されたことからこの名が付いた。しかし、 当時にしてはかなり高価だったため、「ヨーロッパ」や 「リバウンド」といった廉価版モデルが後に発売された。 トップテンにはアッパー素材にオーストリッチを使用した USA別注ものが存在するが、デッドストックだと20万円 前後で取引されるという激レアモデルである。 ペプシ・ボトルキャップのアディダス・シリーズのとき、 トップテンがなかったのにはショックでした。 |
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| CONCORD Made in France | PRO MODEL Made in France | |
| アッパーにエナメルやスネークレザーなどもあるカルトな 人気を誇るモデル。ファッションに特化したモデルは80 年代以降のアディダスの特徴で、「コンコルド」はその 代表格。ランニングシューズの名作、SLシリーズに使用 されていたDリングを採用したのも特徴。スネーク柄の リミテッドエディションの人気は現在でも根強い。 |
70年代前半、スーパースターのハイカットモデル「プロ モデル」が登場した。足首の保護性に優れたこのモデル は、アディダスの定番シューズとしてアスリートたちに 愛されたが、スーパースターに比べ生産数が少なく、 なかなか売られていなかった。スーパースターが当時 ¥13500-位に対し、プロモデルは¥15000-位と高価な ものだった。1984年にはストラップ付の3/4カットのモデル 「プロシェル」が誕生した。 |
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| JABBAR-Hi Made in France | EWING Made in France | |
| NBAに歴史を残す名プレイヤー、カリーム・アブドゥル・ ジャバーがミルウォーキー・バックスからロサンゼルス・レイ カ-ズに移籍した4年後の1978年、アディダス・バッシュ 初のシグネイチャーモデルとして誕生。もちろんベロ(タン) にはジャバーの姿がプリントされた。 |
左のジャバーと同じ、アディダスのシグネイチャーモデル である「ユーイング」。上の2足はその当時パトリック・ ユーイングが在籍していたニューヨーク・ニックスカラー。 同じシリーズでも上が「リバルリー」、下は「コンダクター」 とモデル名もデザインにも若干の違いがある。 |
数あるアディダスの名スニーカーの中のほんの一部ですが、フランスメイドをメインにブルーノート・ジャズでいう
4000番台的なモデルを紹介してみました。「あれ掲載されてないやん」というモデルもあるかもしれませんが
それはまたの機会にということで。都市名シリーズはネクストページというかたちで近いうちきっと紹介します!
尚、今回紹介させていただきましたスニーカーの全てが当店で扱った商品ではありませんのであしからず。
個人的には最近物ですが、ゴンザレス・シリーズなんかも好きかな~っと。
マグネッツのアディダス商品を見る
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